奥歯よさらば!
以前からグラグラしている奥歯を抜きました。
その歯はグラグラしているだけでなく、シクシクと、まるで帰国子女の雪絵チャンが、意地悪な地元農家の4女で、オヤジは民生委員のクセして女癖酒癖が悪く、すぐ上の兄貴は2年ほど小田原の施設に収監されていたという、典型的な都市近郊の成金農家の悪ガキに、うんといじめられたときに泣くシクシクと同様にシクシクト痛むのでありました。
ちょっとシクシクの説明が長すぎましたかぁ・・・
まぁ、いいや。でね、その歯を抜くときにね、ちょっとびっくりしましたよ。なんだってぼくは医者にはほとんどかからないんで、というより歯医者にはこの1年で数度行きましたが、それ以前は結婚した当初ですから、もう35年も前に行ったきりなんです。
だからね、抜く前に痛い注射をアッチコッチに何本も打たれるのではないかとだいぶ身構えていたんです。でね、ちょっとでも痛くしようもんならですよ、得意の右裏拳を十分スナップを利かせて、ちょっと太目の杉山先生のアゴに、食らわしてやるつもりでした。
とにかく痛みには極端に弱いのです。だから真剣です。右手はブルブル震えていましたよ。ところが、なんと優しい天使のような声が、耳元から聞こえてくるではありませか。どっちかというとぼくは、天使関係にも弱いのですね。弱いところばっかしなんですね・・・
しかーし騙されません。ぼくは天使や女性や子供に裏拳を出すような野暮ではないのですが、ひょっとして女装好きの杉山先生が、毎晩練習している女声を出しているのではないか、あるいは白衣の天使のような制服を太めに直したものを着ているのではないか、あるいは長い休みを利用してカスバに行き、そこで思い切って性転換手術などをしてしまったのでないか。
どうもここんところ声が女っぽいとおもったらそういうことだったんだ、なーんて、ありもしないことを考えてしまうのです。恐怖で。
えと実際はですね、杉山先生は太めだけど、茶髪だけど、女好きそうだけど、金儲けに一生懸命そうだけど、勤め人の白衣の天使になにか悪いことをしているかもしれないけど、けど悪い人ではなさそうで性転換もしていません。とにかくあと何度か通わなくてはいけないので少しほめておかないとね。
さて、杉山先生の太い腕が、ぼくのバンビのようなかわいい口に入り込み、なにやらゴソゴソ器具でこすってます。
「痛くないですよね」
「アイ」 口が開いているのでちゃんと発音できないのです。
「大丈夫ですよね」
「アイ」 なにが大丈夫なのかわからなかったけど、とりあえず返事をしました。
すると、いきなり歯をグギッとばかりねじり抜きました。「エェッーーー」って感じです。痛みは全然なくただすこし口の内側がしびれていましたが、あっという間の早業です。ちょっと感心してしまいましたね。 続く。