夜来者

      
          



夜来者

この数日間、あまりの暑さのためキチンとした日常の記憶がありません。つまりときどき意識がもどるといった状態が続いているのです。正直言うとここ数年こんな感じなのです。老いですかね。


もっとも若い時分でも、あまりの暑さで意識を失い、気がつくと知らない家でご飯を食べたりしていました。もちろん丁重に食後のお礼を述べ、パトカーがくる前に退散したことが何回もあります・・・嘘です。1回だけです。


夏の夜はもっと危険です。しばしば寝ていながら意識を失います・・・ん、まてよ、寝てるということは意識がないことなのだろうか?よくわかりませんがとにかく危険なのです。


残暑が残る9月、ぼくは仕事の付き合いで、しょうがなく職人さん達との団体温泉旅行に出かけました。正直なところぼくは団体旅行が嫌いなのです。なぜ嫌いなのかを説明すると長くなるので別の機会にします。とにかくその旅行で、宿泊した翌朝、目覚めると同部屋の3名が壁にへばりついてぼくを見つめていました。


ぼくはその不思議な光景に疑問を感じましたが、とにかくにこやかに「おはよう」と言いました。しかーし、相部屋のみんなは、とんでもなくオドオドしながらぼくを黙って見つめています。一体どうしたんだろうと、さらに優しく、「どったの」聞くと、彼らは近づくぼくを恐怖の目で見つめ、後ずさりしながら「ほんとに記憶がないの」と、半信半疑ふうで尋ねます。


ぼくは長年、大好きな犬と、それこそ家族より仲良く暮らしているので、動物(人も動物)が後ずさりすると追いかける習性がいつのまにか身についています。なもんだから「ウ、ウー」と唸りながら追いかけようとしましたが、すんでのところで人間の理性を取り戻し抑えました。


彼らが言うのには、ぼくは夜中に遠吠えをはじめ、でもってウーウーと唸り、あげくに彼らを恐ろしい形相で見つめて威嚇したそうです。それからは1時間をおかずに遠吠えをし、唸り、威嚇をするといった状態が続き、かれらはまんじりともしない夜をあかしたのだそうです。


朝方、陽が昇り始めたころ、アイドル少年のような穏やかな顔で、スースーと寝息をたてながら寝ているぼくを、かれらはまだ壁にへばりつい眺めていたそうです。いまでも面影のあるアイドル少年のぼくと、夜中に威嚇する狼男とのギャップはたいそう激しかったようで、かれらは、いくらぼくが穏やかなアイドル少年のような顔でお話しても後ずさりするのでした。ウウー。


なぜだかよくわからないのですが、そのことが原因とはとうてい思えないのですが、それ以後ぼくに旅行のお誘いはなくなりました。少し嬉しいです。ついでといっちゃあなんですが、お酒の席にも誘われることがなくなりました。こちらは他の理由がありそうです。そこいらもお話しすると長くなるのでやめます。


とにかく夏の暑さや、夜の異常行動や、過度の動物愛護を除いたとしても、ぼくはまわりから仲間はずれにされる遺伝子をどこかに持っているようです。受け継いだものかどうかは、出自が定かでないのでわかりません。ただアッチコッチからドンドンはじかれて、ぼくはたいそう身軽になり、そしてたいそう孤独になりました。


けど、こんなぼくでも、どこかに仲間がいるだろうと思っています。もちろん仲良くしてほしい、一緒に旅行へ行きたい、一緒に酒の席を楽しみたいなんてことは一切無く、むしろそこいらは避けたいぐらいでね。ただバカな狼男が、きっとどこかにいるだろうと、そう思います。

ただどこかにいるだけでいいんです。それだけでね。