荒野でリバーサイド

         
          


毎日の散歩は欠かしません。それだけがぼくの日課ともいえます。それ以外は惰性・・・惰性はちょっと言いすぎかな、まぁそんな毎日がね、その惰性の毎日がそれほど嫌いにならないのはなぜかちょっと考えてみました。答えはあんがい簡単でしたよ。


秘訣はね、ごくごく簡単に言うと、それは「毎日いろんなことを思い、悩み、考えること」です。ははは、なーんだでしょ。そう、じっさいなーんだなんです。


ぼくら人間にとって、考えることは生きることの前提です。悩みだろうが苦しい思いだろうが、どんな思いも考えも無意味なものはないと思います。絶対にそう思います。


突然ですが、ぼくは小さい頃にうんと悲しい思いをしました。だからいまこの年になっても、そのあたりのことをあまり振り返りたくありません。みっともないけどうんといまでも悲しいのです。その頃のことがね。


それでもぼくは、そんな環境にも感謝することがあります。なんだか矛盾していますか?あのね、そんなことでもねぼくはぼくの心の奥深くに、ストレートに感情が入り込めることをよしとしているのです。


みなさんには心の奥深くまで感情が入り込む下地がありますか。夜中にふと物音で目覚め、漆黒の闇に何かを追い求めることがありますか。車窓に流れる街並みに誰かを探すことがありますか。沈む夕日を見に・・・ただそれだけのために海岸まで車を走らすことがあるでしょうか。


「クダラネェ」そんなつぶやきが聞こえてきそうです。あのね、なんども言います。怒りや悲しみ、オドロキや感激、そんな昂ぶる感情が、ぼくら人間にとってどれほど重要なものかということをね。


北関東の荒地を走っています。耕作のほとんどされていない荒地です。ラジオからは陽水の「リバーサイドホテル」が流れています。すこしのどが渇きました。