風にさそわれて


         
  
 

   風にさそわれて

風にさそわれ自転車にまたがりました。初夏の郊外でも走ってみるか・・・風がぼくをそんな気分にさせました。かわいそうだけどケンタクンお留守番。ぼくが一人で出かけるのを見て、不満そうに鼻を鳴らす彼を残し、心を鬼にして出かけました。


そう、それはほんとうに風にさそわれたとしか言いようのない衝動でしたね。


さてと、こうみえてもぼくは、もうすぐ還暦の「アラカン」なのです。なもんだから出来るだけフラットなコースを選びましたよ。畑や、雑木林や、さいきん妙に増えている温室を横目に、ぼくは走ります。


ふと視線が気になり、アッチコッチ見渡しました。すると、なんと、発信源は道端に咲くタンポポなのです。タンポポの生き残りが、何か言いたげにぼくを見つめていました。ぼくは野に咲く花、昼寝をしている猫、白い雲、いそがしく働く蟻、そんな連中によく声をかけます。


あのね、人間より連中のほうが、うんと話しやすいよね。ぼくだけかなぁ。さすがに蟻さんや草花に話しかけるときは人の目を気にしますよ。でも猫や犬や悪漢黒カラスといった、ある程度の連中には遠慮なし、気にせず声をかけます。


「やあ、アリさん、風が気持ちいいよね」

声を掛けられたアリさん達は、まるでぼくを無視し一生懸命冬支度・・・まだ早いかなぁ。とにかくご馳走を運んでいます。無視するのはアタリマエカ。


「やあ、サンポかい猫さん。君らは放し飼いでいいね」

日向ぼっこの場所探しに夢中なドラ猫さんは、うるさそうにぼくを睨みます。ゴメン。


そんなアブナイおじさんですが、風にさそわれお日様に包まれタンポポに見つめられる気分のよい日は、さらにもっと精神を開放させます。もっとアブナイおじさんになるのです。とりあえずバス停のおばあさんに「こんちはー」と言ってみました。けっこう勇気がいりましたよ。きょとんとした顔をしてぼくを見ています。恥ずかしがることないのになぁ・・・


久しぶりにガンガンゴンゴンと走ったので汗をかきました。まぶしく輝くアスファルトに自転車を止めてすこし休憩です。そして行きかう車や人々をみながら、ぼくは、とつぜん風になりたいと感じました。でね、風のことを思っていてはたと気がつきましたよ。ぼくはもうじゅうぶん風なんだと。


好き勝手に、気の向くまま足の向くまま、精一杯わがままに生きているぼくは風です。でね、友達の定義はむずかしいけど、とりあえずぼくの定義では、人間の友人はゼロ。友人は犬が一匹いるだけなんて、それこそ自慢にもなりゃしないね。まぁ、でも、しょうがないな。なにせ風なんだから。


風のぼくは、武蔵野の面影が、それでもまだまだ散見される地に住んでいます。家から歩いて37秒のところに雑木林があるのですよ。すごいでしょ・・・


えっ、何がすごいのかって。そうか、世間の人々には、ただ近所に雑木林があることなんか、そんなにすごいことではないんだろうね。反省だな。ぼくはとにかく風で、感性もアッチコッチと定まらず世間とかけ離れています。なもんで、キチンとした大人から、大人社会から、いろんなことでしょっちゅう勘違いされます。


だから言葉を控えます。そしてそのぶん精神の奥深くに感情を蓄積します。そして、そして時々走り抜けます。人生を、輝くアスファルト道路をね。夏草の香りに包まれ、もの言うタンポポにウインクをし、バス停のおばあさんを探しながら走ります。


突然だけど、走りすぎて限界がやってきて、かく汗もなくなってしまい、でもって生きる為にしょうがなく人間の友達をつくり、風がやんだら、ぼくはどこへ行くのでしょう。風であることをやめたらどこへ行ったらいいのでしょうかね。