セミ達の協奏曲


                


セミ達の協奏曲


悲しくても涙を流すことが出来ない。ましてや寂しさや辛さや困惑を、声を上げて説明することなど・・・キミにはとうてい無理なことだね。ぼくはキミのそんな瞬間、そんなひとコマを、ほんとうにまれだけど、キミの表情から受け取ることがある。


ぼくにはね、キミのそんな感情や訴えを、たぶん社会一般の大勢の人々よりよくわかるんだ。そこいらのことについては、人並み以上に感性があるとぼくは信じているし自負している。だからただキミの目をみているだけでわかる。そんなことでぼくは、いつも君を見つめている。すこしうっとうしいかもしれないなぁ。


もし、ぼくがいつもいつでも君をじっと見つめているのがうっとうしいなら、そう思うなら言ってほしい。キミの表情でその感情を伝えてほしい。けどね、たとえキミが伝えてくれたとしても、ぼくが気づいたとしても、ぼくはやめないよ。キミを見つめることをね。


なぜならほんとうにまれなことだとしても、ぼくはそんなキミの感情を絶対に見逃したくないから。キミはぼくよりうんと大人だし、強いし、優しい。それゆえにぼくは、悲しみや辛さやを瞬時に押さえ込んでしまう、大人であるキミを、まるで「こ・ど・も」のように心配します。


「時をとめる」、そんなSF小説のようなことを願ったことがあります。一度や二度ではありません。なんども考えましたよ。もちろん物理的に現象的にいまの科学では無理なことを承知でね。それでも感性を固定することは可能だなんて、わけのわからない議論をいまでもしている。


いまこの瞬間、いまのこの時、この時間の感情を固定させる。それら感情表出の瞬間を一つの塊として、自由にぞんぶんに操作してみたい。なんてことをぼくはしんけんに考えました。何度もね。笑われるだろうけどいまでも考え続けています。


それは、ぼくらが一生のうちで、なんど遭遇するかわからないけどかならず経験するであろう瞬間、つまりとっても大事にしたい瞬間や、いつまでも記憶に残しておきたい瞬間や、二度と感じることがないであろう貴重なひと時・・・そんな時間・瞬間を、ただの思い出にすることだけは避けたいからなんだね。



「思い出なんて、ただ、ただ遠ざかるだけ」そんな歌詞に出てくるフレーズみたいに、かんたんに遠ざけたくないのでね。


「ウワーッ、ハチそっくり」
「ほんとハチみたい。カッコイイー」


昼下がり、近くの公園でそんな声を掛けられました。散歩の途中です。テレビでいま盛んに宣伝されている外国映画の、大きさといい、風貌といい、可愛らしさ・・・といい、その映画の準主役といってもいい「ハチ」という犬に、我がケンタクンが似ているからでしょう。きっと。


声をかけられたケンタクンはなんだかいつもと違いますよ。ここだけの話ですけどね、彼は日本語が不自由ですが、そのぶん人間の表情でイロイロなことがわかるのです。ぼくと同様にね。


さらにここだけの話ですが、彼は相当程度いろんなことを理解します。でもって若くカワイイ女子高生とかの集団に遭遇し「カッコイイー」などと言われると・・・背をピンと横に張り、尾をいつも以上に持ち上げ、どうみても三角な目で流し目をしたりしちゃうんです。


とたんに態度が変わるのですね。これがまたじつに見事に変わりますから。これが若い男子校生や、日陰でくつろいでいる爺様や、草刈をしている中年オヤジなどに遭遇すると、彼らが何もしなくても、話しかけなくても、ちょっとでも目を合わせれば歯をむき出し威嚇するのにね。


しかーし、女子高生なんかには違います。知能程度がそうとう低そうに(文脈上、いきがかり上、とりあえず表現していますが本意ではありません。だからそこいらは話半分で・・・いえ話し1%ていどに理解してください)思われる今回の女子高生集団である彼女らがみても、ちゃんとわかるくらいに背ピン・尾高・三角流し目で「ニカッ」と笑うのです。ほんとです。


でもって、うかつにも彼女らにそんな態度をしたことをぼくに悟られていないか心配のようで、チラッとぼくを見たりするのです。もちろんほとんど動物とおなじくらいの感性をもつぼくは悟っています。わかっていますが、でもわからなかった風をしてソッポを向くのです。そういうところはぼくもけっこう大人なのです。ハハハハハ・・・


さて8月の雑木林では、夏の終わりが近いことを知るセミ達が、これでもかとばかりに、まるで豪雨のように鳴き声を地上に降りそそいでいます。ぼくらは倒木に腰掛、緑一色の世界で、ぼくらだけのコンサート会場で、贅沢なひと時を味わいます。セミ達の終わりのない協奏曲はエンディングさえぼくらの意のままです。


散歩コースの畑では、もうトウモロコシは退場ですね。昨日友人からヒマワリの便りがありました。我が住まい前の畑でもヒマワリの縄張りが減り、そのぶんコスモス組が、徒党を組んで勢力を広げつつありますね。


なんだか今年の夏は、まるで徒競走のように駆け抜けていきそうです。ここ数日の朝晩の涼しさが、なんとも心地よく、また寂しくもあります。



オッサンへのダイレクトなご感想は以下に
bingo009@gmail.com